景観に配慮した設計

 


 景観デザインに優れた橋梁とは,その時代の最高の技術を用いて,機能性,安全性,経済性,維持管理に優れ,架設現場に適した美しくて独創的なものであると考えられるが,具体的につくるとなるとたいへん難しいものである。

 現在,写真−1に示すように名橋と呼ばれ市民に親しまれている橋梁は,そのほとんどが戦前につくられたものである。これらの橋は当時の最高の技術と知恵を集結して,われわれの先輩である土木技術者が一橋一橋丹念に建設したものである。しかし,戦後の高度成長時代にあっては,国土基盤である土木施設を,とにかく早く,安く,大量に実施することが要求され,その結果,写真−2に示すように技術がたいへん進歩しスレンダーになったものの,無味乾燥で画一的な橋梁が日本全国につくられるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真−1  戦前に架設されたバランスドアーチ橋  写真−2 戦後に架設されたプレートガーダー橋

 

 昭和40年代後半から50年頃から,市民の価値観は徐々に変化しはじめ,時代は量より質を問う方向へと移行した。公共空間においても快適性や個性,あるいは環境,生態系への配慮といったことが求められるようになり,バブル景気のころには欧米並に橋梁建設費の数%をデザイン費として利用するなど景観を考慮した設計手法が必要不可欠といわれるまでになった。しかし,高度成長期にしみついた設計思想,手法,あるいは業務体制はそうやすやすとは変わらず,大学などにおける土木デザイン教育の遅れなどとも相まって,市民の要請に対応できる人材がきわめて少なかった。そのため,景観デザインの誤解により稚拙なデザイン形態,橋面のみの装飾過多,地域の名産を生の形で表現するなど混乱が生じた。

 このような時期に,バブル経済の崩壊や兵庫県南部地震などが発生し,公共工事コスト縮減が叫ばれるようになり景観デザイン費が真っ先に削減されるようになったのが現在の状況である。今がまさに土木デザインの変革期の真っただ中にあるため,少ない費用で構造本体の美しさを中心に,橋梁に必要な施設,さらには周辺環境との関係など総合的にデザインできるように教育者,発注者,受注者のそれぞれは,それなりの危機意識をもってこれに取り組んでいく必要がある。我々は戦前の先輩たちが経験済みの橋梁設計の本来の姿を思い起こしつつ,旧熊依然の土俵を越えた橋の景観デザインに対してどうのように取り組むべきかを,真剣に考えていかなければならない。