人に歴史あり、橋にも歴史あり。
現在のような「鋼橋」がつくられるようになるまで、世界中でいろんな試行錯誤があったよ。
では、日本ではどうだったのかな?
ここでは日本の橋の歴史をのぞいてみよう!


 材質・形式(構造)の移り変わり

■明治の橋
日本で最初の鉄の橋は、慶応4年(1868年)長崎につくられた「くろがね橋」(写真1)です。当時、材質は錬鉄 (注2)、形式はトラスが主流でした。
世界最初の鉄の橋「アイアンブリッジ」(注1)をはじめ、鋳鉄 (注3)を比較的長く使用していたイギリスとは違って、日本が外国に門戸を開いたときには、鋳鉄からその引張強さを改善した錬鉄の時代に入っていました。

写真1くろがね橋
※慶応4年(1868年)長崎県

■大正の橋
それまで鉄道が主体だった明治時代の日本の交通 は、大正時代になると、市電が発達し、自動車が普及するなど道路も重要になってきました。都市部の道路は改良整備され、道路橋の建設も増加しました。
材料面からみると、錬鉄から鋼 (注4)への移行はすでに明治時代に終わっていました。鋼材そのものは、大正初期まではほとんど輸入に頼っていたのですが、大正も後半になると、日本製の鋼材がほとんどを占めるようになりました。

■昭和の橋
昭和に入ってからはますます道路交通が増え、大正末期に起こった関東大震災(1923年)の復興をきっかけに橋の技術が発展し、新しい形式の橋が多数作られるようになりました。
30年代になると特に自動車時代の到来となります。離島、半島にも橋で渡りたいという要望も強くなり、長大橋の建設が始まりました。
鋼材は、製鋼法の発達にともない構造用鋼が使われるようになりました。この構造用鋼も最初は高炭素鋼であり、その後ニッケル、クロム、マンガン、銅などを添加した低合金鋼、溶接性を改善した溶接構造用鋼、強くするために熱処理を施した調質高張力鋼と開発が進められ、現在に至っています。

 これからの橋

今後は超長大橋への実現へ拍車がかかるでしょう。いっそう安く、強く、美しく、さらに維持管理が容易であることが求められ、材料、構造、施工方法をより合理化してくことが重要となるでしょう。


■豆マメ知識■

(注1) アイアンブリッジ
(1.鋼橋ってどんな橋?写 真4参照) イギリスのセヴァーン川の上流に架る世界最古の鉄の橋。既に200年余の歳月を経て健在である。材料は鋳鉄、支間は約30m、イギリスの誇る文化財として大切に保存されている。

(注2) 錬鉄(れんてつ)
銑鉄(せんてつ)などを半溶状態で繰り返し鍛錬することによって不純物を除いて製造した鉄のこと。錬鉄は炭素が極めて少なく、柔らかで粘りがある材料である。なお、20世紀になると鋼が中心となり錬鉄の生産は停止した。銑鉄は鉄鉱石(酸化鉄)を溶鉱炉で還元して鉄にしたものをいう。

(注3) 鋳鉄(ちゅうてつ)
通常炭素量2.5〜4.5%の鉄を適当な炉を用いて溶解し、鋳型に注入し凝固させて製造した鉄のこと。鋳鉄は炭素を多く含み硬くて脆い材料である。

(注4) 鋼(ハガネ)
鋼には、炭素の他にケイ素、マンガン、リン、硫黄が混ざっていて、これら元素の量 によって鋼の性質が決まる。鋼は鋳鉄と錬鉄の中間でバランスの取れた材料である。